情報バラエティ「ブラタモリ」2018年

情報バラエティ「ブラタモリ」2018年

NHK総合テレビでタモリさんが司会を務めるの日本の紀行・バラエティ番組です。
街並みや地層・地形が好きなタモリさんが、現地の案内役の人の解説を通じてその地域の成り立ちや特徴を解明していく、知的好奇心をくすぐる番組です。

2018年3月には、「平成29年度 地盤工学貢献賞」を受賞。その理由は「国民的人気番組によって、古くから日本の文化や産業には地盤とそれを形成する地盤構造物が深くかかわっていることを一般市民に広く発信し、地盤工学の社会的イメージの向上に多大な貢献をした」ということだそうです。

街をぶらぶら歩き、案内役の説明を聞く中で、視聴者目線で「なんでこういうつくりなんだろう」と疑問に思うことを、難しい解説ではなくわかりやすく解説していて見ていて飽きないですね。それにしてもいつもタモリさんの知識の豊富さには驚かされます。

2018年4月からは近江友里恵アナに代わって林田理沙アナウンサーになりました。タモリさんとの掛け合いも楽しみで、毎回見逃せませんね。

お試しの無料会員登録を使って、格安で見れるスゴ技をご紹介します。

「ブラタモリ」ってどんな番組

NHKの「ブラタモリ」公式サイトでは、以下のとおり紹介しています。

タモリさん、日本全国あなたの町へ!

町歩きの達人・タモリさんが、“ブラブラ”歩きながら知られざる町の歴史や人々の暮らしに迫る「ブラタモリ」。ある土地のナゾに導かれ、それを解明しようと、今話題の出来事や町に残された様々な痕跡にタモリさんが出会いながら、町の新たな魅力や歴史・文化などを再発見していきます。

NHKの「ブラタモリ」公式サイト

「ブラタモリ」2018年放送分の各エピソードあらすじ

以下はNHKの「ブラタモリ」公式サイトで紹介されている概要です。

#101 京都・銀閣寺

~美しき“ニッポン”の始まりは 東山の奥にあり!?~

ブラタモリ、京都へ!
新たに林田理沙アナウンサーをパートナーに、タモリさんが旅するのは京都・東山。
京都盆地の東にそびえ、清水寺や南禅寺など、番組でもおなじみの観光名所がいっぱいの東山。その中でも銀閣寺や哲学の道がある東山の北部は、いわば「奥東山」とでもいうような地域。たしかに風光明媚な場所ではありますが、でもそこが「美しきニッポン」の始まり・・・っていったいどういうことなんでしょう?タモリさんが、2回にわたって春の古都をブラブラ歩きながら壮大なテーマに挑みます。
旅のはじまりは、「銀閣寺」の名で知られる世界遺産・慈照寺。ここは今から約540年前、室町幕府の第8代将軍だった足利義政が隠居をするために建てた別荘が、そのはじまり。木造2階建て「銀閣」こと国宝「観音殿」にタモリさんが特別に潜入!?義政が実際に暮らしていたという「日本初の四畳半」で、タモリさんが将軍ライフを追体験!?続いて向ったのは京都大学。銀閣寺が隠居場所になったヒミツが、なぜか大学のグラウンドのすみっこで明らかに?

NHKの「ブラタモリ」公式サイト

「#102 京都・東山」

~美しき“ニッポン”の始まりは 東山の奥にあり!?~

ブラタモリ、京都へ!
新たに林田理沙アナウンサーをパートナーに、タモリさんが旅するのは京都・東山。
京都盆地の東にそびえ、清水寺や南禅寺など、番組でもおなじみの観光名所がいっぱいの東山。その中でも銀閣寺や哲学の道がある東山の北部は、いわば「奥東山」とでもいうような地域。たしかに風光明媚な場所ではありますが、でもそこが「美しきニッポン」の始まり・・・っていったいどういうことなんでしょう?
今回のスタートは川のほとり。そこから見える京都夏の風物詩・五山の送り火でおなじみ「大文字山」。高く切り立った山の形が、日本の和風庭園・枯山水の誕生に関わっている・・・って一体どういう事?さらにタモリさん“枯山水づくり”に挑戦!はたしてその結果は?そして奥東山の人気スポット・哲学の道へ。明治時代、京都復活の切り札だった一大プロジェクト、琵琶湖疏水が「美しきニッポン」に与えた影響とは?“ガイドブックにのっていない”美しい庭園で、タモリさんが気づいた驚きの事実とは?

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「#103 京都・宇治」

~なぜ 宇治は“天下一の茶どころ”になった?~

ブラタモリ、京都の宇治へ!
宇治といえば、なんといってもお茶。高級抹茶の産地として鎌倉時代からの伝統を守り続ける「お茶どころ」です。しかも国宝・平等院鳳凰堂や『源氏物語』の舞台としても知られる、風光明媚な観光地でもあります。京の都からほど近い宇治が、お茶で天下に名を知られるようになった理由を、タモリさんがブラブラ歩きながら解き明かします。
旅の始まりは、町の中心を流れる宇治川のほとり。800年の歴史を誇るお宝いっぱいの茶屋で、まずは抹茶を一服!そのお味は?
続いては、宇治のシンボル・平等院鳳凰堂へ。10円硬貨でもおなじみの国宝の美しい建物ではなく、その前に広がる池に、宇治がお茶の産地になった秘密が隠されていた・・・ってどういうことでしょう?
町なかを歩くタモリさんが発見した「見えない川」とお茶の関係とは?
室町時代の将軍がお墨付きを与えた茶畑に潜入!宇治のお茶の味をよくしたのは、タモリさんが大好きな「河岸段丘」だった?
お茶を扱う商人・茶師のあいだで脈々と受けつがれた「秘伝」に、タモリさんも脱帽?

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「#104 伊豆」

~どうして越えたい“天城越え”?~

ブラタモリ、伊豆へ!
舞台は、4月に「ユネスコ世界ジオパーク」として認定され、世界から注目を集める伊豆半島。首都圏からの手軽なリゾート地として、年間4500万人が訪れる超人気観光スポットです。
今回、番組が注目したのは“天城越え”。石川さゆりさんの歌でも有名な“天城越え”は、今では、伊豆の南北を結ぶ人気のドライブルートとなっていますが、実ははるか昔から、伊豆を歩く旅人たちを悩ましてきた、とんでもない交通の難所として知られていました。“天城越え”とは、温泉街・湯ヶ島をスタートし、“浄蓮の滝”を経て、標高700mあたりにある天城峠を越えて、太平洋側の河津へ抜けるルートの事。ではなぜ、そこまでして人々は天城を越えたかったのでしょうか? 名曲『天城越え』の歌詞をじっくり読み解きつつ、タモリさんが2回にわたって、人生初の“天城越え”に挑みます。
“天城越え”を困難にしている最大の理由は、標高1000メートル級の山が連なる天城連山。伊豆半島の真ん中を横切るようにそびえています。実は、この険しい山々が誕生した理由が湯ヶ島の温泉宿の“名物風呂”で分かるのですが・・・一体どういう事?実は、伊豆は日本でも非常に面白い地形の場所だった!?さらに伊豆随一の観光名所「浄蓮の滝」へやってきたタモリさん。落差25mの滝じゃなくて、すぐそばの岩盤を見てタモリさんが発見した意外な事実とは?

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「#105 天城越え」

~どうして越えたい“天城越え”?~

ブラタモリ、伊豆へ!
舞台は、4月に「ユネスコ世界ジオパーク」として認定され、世界から注目を集める伊豆半島。首都圏からの手軽なリゾート地として、年間4500万人が訪れる超人気観光スポットです。
今回、番組が注目したのは“天城越え”。石川さゆりさんの歌でも有名な“天城越え”は、今では、伊豆の南北を結ぶ人気のドライブルートとなっていますが、実ははるか昔から、伊豆を歩く旅人たちを悩ましてきた、とんでもない交通の難所として知られていました。“天城越え”とは、温泉街・湯ヶ島をスタートし、“浄蓮の滝”を経て、標高700mあたりにある天城峠を越えて、太平洋側の河津へ抜けるルートの事。ではなぜ、そこまでして人々は天城を越えたかったのでしょうか? 名曲『天城越え』の歌詞をじっくり読み解きつつ、タモリさんが、人生初の“天城越え”に挑みます。
伊豆の名産品といえば、なんといってもワサビ。実はわさびと滝、切っても切れない関係にあるというのですが・・・その秘密を、“わさび田”の中に潜入して解明します。そして地元ならではのわさびの食べ方に、タモリさんも感激の涙?さらに険しい山道に挑むタモリさん。重要文化財にもなっている明治のトンネル「天城山隧道(ずいどう)」へ。その入り口にある大きな石が物語る、伊豆の人たちの知られざる戦いの痕跡とは?

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「#106 萩」

~萩はなぜ 世界遺産になった?~

ブラタモリ、山口県の萩へ!
萩といえば、明治維新で活躍した英雄たちを輩出した毛利37万石の城下町。江戸時代の美しい町並みを求めてやってくる観光客は、年間240万におよびます。平成27年には、城跡や武家屋敷などがそのまま残っていることから「世界文化遺産」にも認定されました。
でも萩は、江戸時代のはじめまで人がほとんど住んでいなかった土地。
大きな川がつくりだした、あまり地盤のよくない三角州に一からつくられた城下町でした。ではどうしてそんな町が、世界遺産になったんでしょうか。そこにはやっぱり地形や地質が大きく関わっていました。タモリさんが、萩の町の秘密をブラブラ歩きながら解き明かしていきます。
まず向かったのは、白壁がつづく、萩ならではの町並み。
萩が生んだ幕末の風雲児・高杉晋作旧宅の前でタモリさんが気付いた、萩のまちづくりのすごさとは?タモリさんの名前のルーツは、なんと萩にあった!?城下町の片隅でみつけた石碑が物語る「奇妙なご縁」にタモリさんも大興奮!
明治時代以降も、古い町並みが萩に残った理由。
それがなんと藩校・明倫館の敷地の中で判明!お殿様気分のタモリさんが発見した、まちづくりの決め手となった謎の石の正体は?
さらに萩のシンボル・反射炉へ。日本に3ヶ所しか残っていないという貴重な施設も、実は失敗作だった?それでも世界遺産になったのは
長州の「心意気」のおかげ?
萩の名物・夏みかんにウニやアワビの海産物と、
世界遺産の意外な関係とは!?

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「#107 伊豆・下田」

~なぜ下田は“開国の地”になった!?~

ブラタモリ、静岡県の下田へ!
全国屈指の観光地・伊豆半島の先端にある下田。今から約160年前、黒船を率いたペリーの来航をきっかけに、日本で最初の開港地として「世界へ開かれた窓」になった場所。でも難所・天城峠の先にある、決して便利ではない町が、どうしてそんな重要な場所に選ばれたのでしょうか?
タモリさんが、下田の町と海をめぐりながら、意外な歴史を解き明かしていきます。
実はペリーがやってくる前から、とんでもなく大切な港だったという下田。重要さを解き明かすカギは、なまこ壁の建物が立ち並ぶ街角でみつけた「クランク」であきらかに?
もともとペリーは下田ではなく、もっと江戸に近い港を希望していました。にもかかわらず、帰国する前には下田が大のお気に入りになっていたのだそう。ペリーが下田を愛した理由を探るタモリさんの目の前に、なぜか勇壮なお神輿(みこし)が・・・!下田の夏祭りに隠されたヒミツとは?ペリーが日本から持ち帰った「美しい石」の正体は?
そしてタモリさんがずっと憧れだったという、下田沖、約10kmにある無人島・神子元(みこもと)島へ上陸!約150年にわたって下田から日本の海を照らし続けた現役の「灯台」に潜入、そこでタモリさんが見たものとは!?

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「108 関門海峡・下関」

~関門海峡は なぜ“関門”?~

ブラタモリ、関門海峡へ!
舞台は、本州と九州を隔てる関門海峡。「海峡」といいながら、最も狭い部分の幅はわずか700m。それにも関わらず、行き交う船は実に1日500隻!世界の名だたる海峡のなかでも圧倒的ににぎわう、日本の海上交通の大動脈です。
もともと本州側の山口県の下関と、九州側の福岡県北九州市の門司から一文字ずつとったのが「関門海峡」の名前の由来。
2つの町の間に横たわる海の道は、実は、狭いだけでなく流れも速い難所。文字通り海の“関門”でもありました。
この“関門”に人々はどんな知恵で挑み、どのように克服してきたのでしょう?タモリさんが解き明かします。
関門海峡がどれほどの難所なのか?大好きな船に乗って体験するタモリさん。豊臣秀吉も苦しめた通称「死の瀬」にドキドキ!?
安全な航路を知らせる「2つの灯り」の仕掛けとは?
さらに、関門海峡誕生の秘密をとくカギは山にある・・・
って一体どういうこと?
下関名物“ふぐ”の市場の近くで見つけたもうひとつの“関門”と下関の町の繁栄との関係とは?

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「109 関門海峡・門司」

~関門海峡は なぜ“関門”?~

ブラタモリ、関門海峡へ!
舞台は、本州と九州を隔てる関門海峡。「海峡」といいながら、最も狭い部分の幅はわずか700m。
それにも関わらず、行き交う船は実に1日500隻!
世界の名だたる海峡のなかでも圧倒的ににぎわう、日本の海上交通の大動脈です。
もともと本州側の山口県の下関と、九州側の福岡県北九州市の門司から一文字ずつとったのが「関門海峡」の名前の由来。
2つの町の間に横たわる海の道は、実は、狭いだけでなく流れも速い難所。文字通り海の“関門”でもありました。
この“関門”に人々はどんな知恵で挑み、どのように克服してきたのでしょう?タモリさんが解き明かします。
明治以降、石炭の積み出し港として急速に発展した門司には、今も明治、大正につくられたモダンな洋風建築が残ります。
このレトロな町の駅で見つけた「盛り上がり」が、実は、海峡を越えたある知恵の痕跡だたっていったいどういうこと?
昭和11年に着工された世界初の海底トンネル「関門トンネル」に、タモリさんは点検用車両に乗って初潜入!
トンネル最深部で見た80年前の驚きの知恵の数々とは?

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「110 那須」

~なぜ那須は一大リゾートになった?~

ブラタモリ、那須へ!今回の舞台は、首都圏から手軽なリゾートとして人気の、栃木県の那須。風光明媚な環境をいかして、牧場に温泉、遊園地や別荘地などレジャー施設が多く、年間1400万人が訪れる大人気観光地です。しかしそこはもとはといえば石ころだらけの不毛な荒野ばかりが広がる場所。いったいどうして一大リゾートに生まれ変わったんでしょう?
そのかげにあった開拓者たちの血のにじむような苦労と、不利な地形を逆手にとった逆転の発想に、タモリさんが迫ります。
まずタモリさんが向かったのは、那須塩原にある「千本松牧場」。
牛とふれあい馬車を楽しんでいたタモリさんが発見したのは、“謎の別荘”。実はこの別荘、明治時代まで荒野だった那須に最初に分け入った明治政府のVIPたちのもの。
その意外すぎる動機にタモリさんもびっくり!
そんな石ころばかりで水が出ない場所を開拓するため、ついに国家プロジェクトが始動!それが日本三大疏水のひとつ「那須疏水」。
70キロを2年という突貫工事で作り上げたカギは、「水のない川」だった!?不利な地形を逆手にとった、逆転の発想が明らかに!
さらに那須高原の「南ヶ丘牧場」に向かったタモリさん。今でこそ日本中いたるところで見かける「観光牧場」。なんとその原点も、那須だった!?高原の牧場で至るところに散らばる岩が物語る、開拓者の苦労。
そこに意外な活路を与えてくれたのは、那須ならではの観光名所「温泉」・・・って一体どういう事?そして、那須を代表するレジャー施設「りんどう湖」。この湖を生み出したものこそ、那須の火山のかけらが生み出した独特の地形と、開拓に挑んだ地元の悲願がコラボしたものだった!?一大リゾート・那須誕生にまつわる驚きの秘話が続々と明らかに!

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「111 鳥取砂丘」

~なぜ鳥取砂丘は人をひきつける?~

ブラタモリ、鳥取砂丘へ!
今回の舞台は、日本を代表する人気観光地「鳥取砂丘」です。
東西2キロ・南北1.5キロ、高さは最大50メートルにもなる巨大な砂の丘。
まるで異国と思えるほどの雄大な風景に魅せられ、年間200万人もの観光客が訪れます。今や日本の砂丘と言えば「鳥取砂丘」という印象が強いのですが、実は砂丘は鳥取だけでなく日本全国に数多くあり、何と鳥取砂丘の何十倍もの大きさの砂丘も存在します。
では、どうして鳥取砂丘は“日本で一番有名な砂丘”になったんでしょう?タモリさんが砂丘の上をブラブラ歩いてその謎を解き明かします。
まずは鳥取砂丘の入り口に到着したタモリさん。
そこで出迎えてくれたのは・・・砂丘の一番人気、ラクダのリサちゃん。
ブラタモリの“リサちゃん”こと、林田アナと記念写真をパチリ!
そして向かったのは鳥取砂丘を代表するスポット「馬の背」です。高低差40メートルの巨大な砂の山に、悪戦苦闘のタモリさん。登りきった先で目にしたのは、まさに日本とは思えないダイナミックな絶景!
実は、二つの大きな砂丘が作り出す絶景こそ、鳥取砂丘が人をひきつけている理由でした。ではどうしてそんな絶景が誕生したのか?
その秘密は「砂丘パック」だったって・・・一体どういう事?
続いて向かったのは、砂丘内にある乾燥地研究センター。敷地の奥で発見したのは、地中深くまで掘り起こされた、鳥取砂丘の地底世界。
遠くは鹿児島、近くは中国地方の最高峰・大山。厚く積もった地層の中に、鳥取砂丘誕生の秘密が見つかった!?そして砂丘の中腹に一年中湧き出す清らかな水。なんとワサビまで出来てしまう、鳥取自慢の地の恵み。湧き水の特性を生かした、地元の方おすすめの利用法とは!?
さらに、鳥取砂丘の西の端に向かったタモリさん。神話「イナバノシロウサギ」の舞台ともいわれる海岸沿いの神社、その境内にある水の量がいつも変わらない神秘の池、その名も「不増不減の池」。
その驚異のメカニズムにタモリさんもビックリ!

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「112 宇都宮」

~宇都宮は“江戸”に欠かせない町?~

ブラタモリ、栃木県の宇都宮へ!
東京から新幹線で50分とアクセスも良く、ギョーザの年間消費量は
何と日本一!多くの観光客が訪れる人気の宇都宮ですが、
実は「江戸・東京にとって欠かせない」重要な町でもあった!?・・・って
一体どういう事?江戸時代から現代に至るまで、常に“欠かせない”重要な町であり続けた宇都宮の真実を、タモリさんがブラブラ歩いて
解き明かします。
抜群の立地と独特の地質をフル活用した驚きの知恵の数々とは!
まずタモリさんが向かったのは、宇都宮の中心街。
そこに突如として現れたのが大きな丘!
実はここ宇都宮の地名の由来になったともいわれる二荒山神社です。
高台の神社から景色を見ると、江戸幕府が宇都宮を重要視した理由が
見えてくる!?次に向かったのは、高い土塁が見事な宇都宮城。
城下町を歩いていると、なんだか不思議な気分に・・・
普通はお城よりも低い場所に作られる「城下町」が、
宇都宮ではなぜか城よりも高い台地の上にあった!?
いわば世にも不思議な「城上町」。実はこの城上町を造った事こそ、
江戸幕府が宇都宮を重要視した真の理由だったのです!謎を解く手がかりは・・・日光東照宮!?さらに町なかを歩くと見事な教会を発見!
何と全て高級石材「大谷石」で造られたカトリック松が峰教会です、
実はこの大谷石こそ、帝国ホテルや築地本願寺にも使われ明治以降の
東京の町づくりを支えた「欠かせないもの」でした。
味わい深い見た目と加工のしやすさ、さらには最高の音楽までプレゼントしてくれる大谷石の魅力を、教会内で体感!
そして、かつての採掘の現場、地下の採石場にも潜入。
タモリさん、ゴムボートに乗って地底湖探検!暗闇の中から見えてきた、極上の大谷石を取る秘訣とは?そして地下空間の冷たさを生かして
生まれた絶品デザートも登場!

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「113 山形・酒田」

~山形・酒田はなぜ日本の中心!?~

ブラタモリ、山形・酒田へ!
今回の舞台は、山形県の酒田。鳥海山と日本海を臨む港町で、年間290万人が訪れます。古くは西回り航路の起点となり、北前船の時代に繁栄を極めた場所でした。
でも、どうして江戸から遠く離れた酒田が日本の物流の中心ともいうべき場所になったんでしょう?そこには最上川を生かした水運と豊富にとれる米、そして北前船がもたらす全国の産物の恵み、そして酒田港を強くサポートする沖合いの島の存在がありました。
自然の恵みをたくましく生かした酒田の人々の知恵に、タモリさんが迫ります。まずタモリさんが向かったのは、町のシンボル鳥海山を臨む最上川の河口域。実はこの最上川こそ、酒田発展の足がかりとなった場所でした。
屋形船に乗って川岸を観察していると、古い石垣と船を発見。
これこそが、かつて川を使って行われていた水運の痕跡。上陸して巨大な倉庫の中に入ると、そこには圧倒されるほどの量の米、米、米!
酒田は最上川流域の米を集め、西回り航路を通じて一大消費地・江戸に送り込む重要な場所だったんです。この航路を利用して発展したのが、北前船。米だけでなく、日本海側の優れた産物を流通させていました。
続いてタモリさんが向かったのが、繁栄を極めた酒田のシンボル、豪商・本間家の旧本邸。部屋数23の大邸宅と工夫を凝らしたインテリア、庭に集められた全国の名石。ご子孫も登場して徳川斉昭の掛け軸や加藤清正ゆかりの瓶もご披露、これにはタモリさんもびっくり!
では、酒田の繁栄を支えた港はいったいどんなものだったのか?
港が一望できる公園に来ると、いきなり吹きつける強風!
しかも海岸はほぼ直線で、風よけもなし。恵まれた環境ではない酒田の港の弱点を克服する秘密が、なんと沖合39キロも離れた場所に!?
タモリさんがフェリーでやってきたのは「飛島」。そこには高さ40メートルの垂直で巨大な岩!実はこれが風よけとなり、飛島は酒田の港に入れないときの避難港となっていました。地形と農作物、人間の知恵と工夫があいまって生まれた酒田の奇跡を続々と発見します。

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「114 箱根の温泉」

~箱根はなぜ NO.1の温泉に登りつめた?~

箱根を訪れるのは3回目になるブラタモリ!今回は温泉です。
箱根の年間温泉入湯客数は、なんと553万人!全国でダントツ1位ですが、江戸時代の番付では幕内の「前頭」でしかありませんでした。箱根の温泉は、なぜNO.1に登りつめたんでしょう?タモリさんが箱根湯本や強羅の温泉街を登山電車やケーブルカーでめぐりながら、知られざる“箱根の一大開発計画”に迫ります。
まずは「箱根温泉発祥の地」へ!実は江戸時代まで箱根湯本の温泉街は今の箱根湯本駅から少し離れた所にありました。奈良時代に発見され今も使用されている源泉。それを管理しているのが江戸時代から続く箱根湯本の旅館です。かつて箱根の旅館には「七湯の枝折(しおり)」という巻物が置かれていました。①湯本、②塔ノ沢、③堂ヶ島、④宮ノ下、⑤底倉、⑥木賀、⑦芦之湯。古くからある箱根の7つの温泉、それぞれのお風呂の入り方を書いたルールブックです。タモリさんはその挿絵に興味津々!後に、この枝折が人々に意外な使い方をされるようになります。その使用方法とは・・・?
続いて最新型の登山電車でタモリさんが向かったのは終着駅の「強羅」。今では温泉地として有名ですが、もともとは箱根七湯にも入っていない巨石が転がる荒地でした。そこを明治時代、最高級の高原リゾートとして開発する計画が持ち上がったんです。別荘地のために登山電車をひき、日本初のフランス式庭園「強羅公園」を造りました。強羅から見える「大文字焼き」も、今では当たり前の「温泉」も全て別荘のために用意されたものだったんです。今回は特別に今も残るかつての別荘にお邪魔しました。広さ600坪!高低差と巨石を利用した独特の佇まいにタモリさんも「素晴らしい!」を連発!
強羅の最高級高原リゾートのために用意されたものはもう1つあります。実はそれこそが箱根がNO.1温泉になるための重要な役割を果たすことになるんです。強羅からの急勾配を上るためケーブルカーに乗ったタモリさん。そこで気づいたものとは・・・?
箱根の山に点在する温泉の多くは、川沿いの比較的なだらかな斜面。なぜその場所ができたのか?
そして、かつて強羅の別荘地に温泉を用意したその方法とは!?
地形、地質、街の開発、そして乗り物!ブラタモリの魅力満載の「箱根の温泉」お楽しみに!

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「115 湘南」

~湘南人気のヒミツは“いとしのヘリ”にあり♪~

ブラタモリ、湘南へ!今回の舞台は関東随一のビーチリゾート“湘南”。江の島、鎌倉、海の家にサーフィン、そしてサザンオールスターズ・・・そんなイメージの湘南ですが、そもそも湘南ってどこ?
そして湘南の人気のヒミツが“いとしのヘリ”ってどういうこと?
タモリさんが神奈川県南部、海沿いの街をめぐりながら湘南が現在のような人気スポットになった経緯と知られざる“作戦”に迫ります。
まずは「湘南とはどのあたりなのか?」江の島を望む海岸で聞き込み調査。ところが答えはバラバラ。そこでタモリさんが向かったのは江戸時代に湘南と呼ばれ、その後明治時代に海水浴に理想的な海岸として選ばれた場所。海水浴が最先端の療養とされていた当時、日本の政治の中枢を担う人々の別荘が立ち並んでいました。
そんな“湘南発祥の地”とは果たして・・・?
さらに加山雄三、サザンオールスターズを輩出した茅ヶ崎へ。
実は茅ヶ崎は明治時代、湘南ブランドに乗り遅れた町でした。その理由は吹き付ける砂。そうです、サザンオールスターズの「勝手にシンドバッド」にも歌われた「砂まじりの茅ヶ崎~♪」でした。そのリゾート地に向かなかった「砂」を逆手に取ったあるイメージ戦略がありました。
茅ヶ崎が湘南の代名詞になった作戦とは・・・?
湘南の発祥からイメージ戦略、そして湘南のすべてを支えている“いとしのヘリ”の正体を余すことなくお伝えします。
茅ヶ崎沖に浮かぶ烏帽子岩(エボシイワ)に上陸したタモリさん。
たどりついた「湘南ってどこ?」の答えとは!?

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「116 有田焼」

~なぜ“世界の有田焼”になった?~

ブラタモリ、佐賀・有田へ!
今回の舞台は、佐賀県の有田町。大型連休の陶器市には100万人以上を集める焼き物の町です。実はここ、日本の磁器発祥の地!江戸時代にはヨーロッパ貴族の間でも大ブームを巻き起こし、現在まで「世界の有田焼」の産地として知られています。どうしてそんな奇跡が起きたんでしょう?そこには、磁器作りにうってつけの極上の粘土、制作に欠かせない動力、窯焼きにぴったりな地形といった、有田ならではの自然が大きく味方していました。最高の焼き物作りにゼロから挑んだ人々の知恵と工夫に、タモリさんが迫ります。
まずタモリさんが向かったのは、ドイツの宮殿を再現した有田焼テーマパーク。その迫力にタモリさんも絶句!館内には最高級の有田焼がずらり。選んだ作品で性格がわかるという特技をもつ案内人が言い当てた、タモリさんの意外な性格とは?万国博覧会にも出品された超巨大花瓶、驚きの制作の秘密とは?
有田焼誕生の原点を求めて訪れたのは、なんと採石場!実はここ、江戸時代、「陶石」という粘土の原料になる真っ白な石が日本で最初に大量に見つかった場所。奇跡の石を生み出した理由、それは溶岩が数万年かけて作った「岩の煮込み」だったってどういうこと?
かつての火山と火山の谷間にできた有田の町。この地形も焼き物作りにぴったり!川底に広がる謎の岩盤、そこに空いた不自然な穴…?これこそ、粘土作りに欠かせないスペシャル装置の痕跡だった!
険しい山が連なる中、なぜか顔をのぞかせるなだらかな斜面。これこそ、大量に有田焼を作る上で必要不可欠な地形。「絶妙の斜め15度」、その驚きの利用法と斜面誕生の秘密とは?
窯のレンガを再利用した美しい壁に、使われなくなった煙突の楽しすぎる利用法。世界の有田焼誕生を支えた自然の奇跡と、人々の知恵。その真実が続々と明らかに!

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「117 有田焼、世界へ」

~なぜ“世界の有田焼”になった?~

今回の舞台も、佐賀県の有田町。
大型連休の陶器市には100万人以上を集める焼き物の町です。
実はここ、日本の磁器発祥の地!江戸時代にはヨーロッパ貴族の間でも大ブームを巻き起こし、現在まで「世界の有田焼」の産地として知られています。どうしてそんな奇跡が起きたんでしょう?
そのきっかけとなったのが、400年近い歴史をもつ「柿右衛門窯」、途方もない手間ひまをかけた絵の具で作られる「赤絵」、そして陰の立て役者・「碍子(ガイシ)」。最高の焼き物作りにゼロから挑んだ人々の知恵と工夫に、タモリさんが迫ります。
タモリさんは国の重要無形文化財・「柿右衛門窯」へ。
余白を生かして磁器の白さを引き立て、美しい絵付けで彩る「柿右衛門様式」という独特の絵柄を生み出し、世界に飛躍するきっかけを作った場所。今回は特別に、15代酒井田柿右衛門さんご本人の案内で制作現場を拝見!真っ白でデリケートな粘土を器の形にしていく、江戸時代から続く熟練のろくろ技とは?美しい色を器につけるのが「赤絵」。
一生その作業だけをやり続ける職人たちの徹底した分業体制。筆先にこめられた、ハイレベルな絵付けの技術とは?そして最高の職人たちを取りまとめる総合プロデューサー・柿右衛門さんの仕事場にまでおじゃま、創作の秘密が明らかに!タモリさん、未来の16代目とも対面!?
美しい「赤絵」のカギとなるのが、なんといっても「赤」。かつて赤絵職人が集まっていた「赤絵町」で今も極上の絵の具を作り出している職人を直撃!完成に10年もかかる、途方もない努力にタモリさん絶句!
明治以降も世界的な評価を浴びた有田焼。その意外なサポーターが、電線に取り付けられる絶縁体「碍子」だった…て、いったいどういうこと?
人間の知恵と工夫と努力が世界の有田焼を生み出した奇跡に、タモリさんも思わず感動!

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「118 富良野・美瑛」

~富良野・美瑛の合言葉 残りモノには福がある~

今回の舞台は、「富良野・美瑛(ふらの・びえい)」。
北海道らしい雄大な景色を求め、年間560万人が訪れる北海道を代表する人気観光地です。咲き誇るラベンダーで知られる富良野。
そして“パッチワークの丘”と言われる彩り豊かな波うつ丘がどこまでも広がる美瑛。どちらも美しい風景が広がるのに「残りモノ」って、どういうことなんでしょう?「残りモノ」と「福」。2つのキーワードで、タモリさんが富良野・美瑛の魅力を解き明かします。
まずは美瑛の丘へ!実はここは、開拓の「残りモノ」だった場所。
北海道の開拓は明治初年から始まりましたが、美瑛にたどり着いたのはおよそ30年後。北海道のほぼ中心、しかも丘陵地にまで開拓が進むのには時間がかかりました。ところが畑にしてみると、さまざまな野菜の収穫が可能な豊かな土壌!まさに「福」があったんです。
さらにその畑がパッチワークのようになった理由とは・・・?
今や富良野の代名詞になっているラベンダー畑ですが、実はここも「残りモノ」がもたらした「福」。昭和30年代、富良野に広がったラベンダー畑はその後、採算が合わず次々と減少しました。中富良野町に1つだけ残った畑が国鉄のカレンダーに掲載されたことで脚光を浴び、観光客が押し寄せるようになったんです。さらに、新たにつくった花畑にもヒミツが!傾斜地に美しい花々が広がる富良野の花畑。実はここ、
花を一望できるよう、平地にわざわざ土を盛ってつくったんです。
しかもその土とは、かつて富良野の地を苦しめた「嫌われモノ」でした。
最後に訪れたのは最近人気急上昇の「青い池」。大手PCメーカーの壁紙に採用されたことで世界中から観光客がやってきます。十勝岳から流れこむ水の成分が光の反射によって、まるで絵の具の青のように真っ青に見えることからそう呼ばれています。実はこれも「残りモノ」。
災害対策のための空きスペースが残ったことで青い池という「福」が出現したんです。さらに、富良野開拓発祥の地や、偶然遭遇したローカル線「富良野線」も登場。お楽しみに!

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「119 旭川」

~旭川は“北のトップランナー”!?~

ブラタモリ、旭川へ!今回の舞台は、北海道第2の都市・旭川。旭川と言えば、全国に先駆けて斬新な展示方法を生み出し年間140万人以上が訪れる“旭山動物園”が有名ですが、もとはといえば熊も出るような大原野。いったいどうして“北のトップランナー”に生まれ変わったんでしょうか? そのかげには開拓に入った兵士たちの大発明や、石狩川が山地に空けた突破口の存在がありました!知られざる旭川の歴史に、タモリさんが迫ります。
明治時代まで荒野だった旭川。そこに開拓の手が入るきっかけをつくったのは、北の防備と農業を兼ねる「屯田兵」。まずは当時の屯田兵が暮らしていたお宅を訪ねたタモリさん。厳しい寒さの末に手に入った広大な農地で稲作を可能にするため、生み出された大発明「たこ足」。そのアイデアにビックリ!?
続いて、旭川を代表する観光名所、神居古潭(カムイコタン)を訪ねたタモリさん。旭川の地に人やモノを運び込むため大きな妨げとなっていた険しい山々。大都会・札幌とつながる突破口を空けたのが、実は石狩川でした。崩れやすい岩をものともせず生まれたトンネル秘話にタモリさん感心!
人口が急増した旭川の市街地。そこには膨大な量のリベットが打たれた見事な橋が。その傍らには風光明媚な公園。実は旭川の街づくりを一気に加速させたのは、ここで働いていた「ある職業の人々」だった!?
最後にタモリさんが向かったのは、林田アナ念願の「旭山動物園」。垂直に立った円筒状の水槽を上に下に気持ちよく泳ぐアザラシを満喫する二人。実は、旭山動物園は、動物の生態をありのままに見せる「行動展示」を全国に先駆けて取り入れた事で知られています。水に泳ぐ姿と水辺でくつろぐ姿、その両方をまるごと味わえる斬新なアイデアが生まれたのは、地形をそのまま生かすという逆転の発想だった!? 北のトップランナー・旭川、その意外な歴史が明らかに!

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「120 東尋坊・恐竜」

~東尋坊 恐竜 福井名物はなぜ生まれた?~

今回の舞台は、福井県。大迫力の断崖絶壁・東尋坊と、日本有数の恐竜化石の産地として知られています。
二大福井名物はなぜ生まれたのか?
そこには情緒豊かな港町・三国の存在が…?タモリさんが福井の魅力を解き明かします。まずは東尋坊の断崖絶壁へ。高さ25m、目もくらむ眺めにタモリさん絶句!上から横から海上から、岩の柱が幾重にも束になっている絶景を大堪能!気になるその正体は、地下のマグマ。でもこれほど太い柱になるのはかなり珍しいこと。
実は地上に上がってきたマグマが「何か」に邪魔をされたからだったんです。それはいったい?
東尋坊のすごさは、意外なところにも役立っています。
すぐ近くにある三国港、重要文化財の突堤に隠された、その秘密とは?
さらに東尋坊を人気観光地に押し上げたのも、三国港だった!?三国に眠る精巧すぎるタンスや、ゴージャスきわまりない銀行も登場!
もうひとつの福井名物、恐竜。勝山市の「福井県立恐竜博物館」へ!
実はこの勝山、日本で学名がついた恐竜7種のうち、実に5種類の化石が見つかった「恐竜王国」。
中には、全長10mに及ぶものも!あまりにもたくさん見つかるので調査が追いつかないほど。
ザクザク採れるそのわけは、1億2千万年前の福井がかなり奇跡的な環境にあったから。
ダイナミックすぎる地球規模の理由とは?
タモリさんも化石の発掘に挑戦、世紀の大発見・・・なるか!?
福井の名物を生み出した大地の営みに大感動!

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「121 東京・豊洲」

~TOKYOサポーターは豊洲にやってくる!?~

話題の“豊洲”にブラタモリがGO!
東京中央卸売市場が築地から移転して初めての年末年始。注目が集まる豊洲ですが、豊洲って東京のどこにあるかご存知ですか?実はタモリさんも正確には知りませんでした。一般的には馴染みのない場所ですよね。そんな豊洲にTOKYOサポーターがやってくるってどういうことなんでしょうか?今話題の町、“豊洲”の知られざる姿をタモリさんが解き明かします。
豊洲の埋立地の先端からは・・・お台場のフジテレビ、レインボーブリッジ、東京タワー、建設中のオリンピック選手村が見える晴海、そして東京スカイツリーなど、東京の名所をぐるっと見渡せる絶好のポイントです。今回、タモリさんが乗り込んだのは“水陸両用バス”。豊洲にある専用スロープから入水すると、見えてきたのは長さ3.5キロあまりの巨大な防波堤。昭和10年代、東京港の開港にあたり防波、防風のために建設されました。実はこの防波堤と東京港の建設による財政難を乗り切るため、東京をサポートする万博が計画され(日中戦争のため中止)、豊洲はその会場予定地となっていたんです。
戦後、焼け野原になった東京。その復興の要となったのも豊洲でした。東京の埠頭がある沿岸部は、すべて米軍が接収。船による東京への物資搬入は不可能です。そこで埠頭がなかったため接収を免れた豊洲の先を埋め立て、新たに埠頭を造ったんです。今の豊洲の形はこのとき完成しました。こうして船が着岸できるようになった豊洲に誕生したのは、石炭置き場(燃料)・火力発電所(電力)・ガス工場・製鉄工場。つまり豊洲は、東京復興の根幹を握るエネルギー埠頭、東京サポーターの集結地となったんです。
その後、豊洲の東京サポーターたちが次々と移転し、タワーマンションが立ち並ぶ近代的な街となった豊洲ですが、その足元に昭和の痕跡が隠れているんです。タモリさんが見つけたものとは・・・?

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「ブラタモリ」2019年

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